『がんと生殖に関するシンポジウム2017』に参加して。
横治 佳世子
今年は、「乳がん患者の妊娠・出産~エビデンスから実践へ~」をテーマに開催されました。
乳がん患者さんの中で、35才未満とされる若年性乳がん患者さんは3%に満たないぐらいの割合ですが、妊娠の可能性を考え40歳未満とするとその割合はもう少し上がります。
乳がんの術後は、化学療法やホルモン療法などの薬物療法が行われますが、それに伴なう卵巣機能障害や長期の治療後の年齢などを考えると、将来結婚や妊娠出産を考えている女性にとって治療と妊よう性(妊娠する力)の温存は大きな問題です。
ですが、告知を受け、限られた時間の中で気持ちを整理し、治療の選択、それ以後の生活など一度にたくさんの事を考えていかないといけない上に、妊よう性の温存まで考えるのは、決して簡単な事ではなくつらい事だと思います。
そこで、医療の支援がどのように実践されているのかは、大いに関心がもたれる事です。
私自身は、37歳で告知を受け手術後抗がん剤内服と放射線治療を受けましたが、不妊治療中であった当時(平成8年)、がんと妊娠について考えも及ばなかったし主治医からも一切ありませんでした。(当時はそれが普通だったのかもしれません)
私自身の体験時と現在との変化、または進歩についても確かめたいと考え、講演を聞きました。
《見えてきた課題》
妊よう性の温存については、乳がん専門医、腫瘍内科医、生殖補助医療に関わる医師の連携、さらにはその施設間が連携してこそ可能性がありますが、まだまだ連携がうまくできていない状況がありこれからの大きな課題のようです。
また、妊よう性の温存についてはまず主治医から説明を受けるのが最初だと思いますが、それがなされないと妊よう性の温存は不可能となります。
病態によっては適用できない場合もあるかもしれませんが、それも含めて患者側に伝えられないといけない事で、伝えられず後から知るケースも多くあるのが現状です。
病態、生活習慣、価値観など人それぞれですから選択する方向性も人それぞれです。どのような選択をするにしても、妊よう性の温存の可能性を理解した上で決められるべきだと思います。
また、私たちが正しい情報を得るためには、ネット上で流れる情報の取捨選択ができる目を持ち、学会のHPや主催するセミナーから学ぶ事も大切だと思います。
生命倫理の話の中で、自己決定権は尊重されるべきではあるが、患者が未成年の場合はどうするか、死後の生殖の場合はどうするかなど1つ1つ具体的に検討されなければならないとあり、想像を超えた問題が多くある事に気づかされました。
以下、少し専門的な内容になりますが、関心のある方はお読み下さい。
《がん生殖医療について》
細胞の凍結保存の技術の進歩によって、精子や生殖補助医療でつくられた受精卵においては良好な妊娠の成績が得られています。また未受精卵の凍結保存による妊娠も臨床応用されるようになっています。が、卵巣組織凍結については、研究段階の治療と位置付けられているようです。
妊よう性温存のための医療技術が進み、がん・生殖医療(oncofertility)が新たな領域として確立しつつありますが、その取扱いについては医療機関の長期的連携や定期的な情報交換が必要となります。
凍結された卵子や胚、卵巣組織の取り扱いについて、今後も検討される課題であり、がんと向き合い妊娠出産、子育てを望む患者さんをいかに支援できるかが医療者に科せられた課題です。
そして、がんと生殖医療のめざすところは、妊よう性の温存だけでなく、子供のいない人生をも含めた、子供を持つという事の意味を見つめ直す事にあります。
《若年性乳がんの薬物療法》
術後薬物療法は、腫瘍のステージ、形態、生物学的特性、年齢を踏まえた再発のリスクと、治療の効果をもとに推奨されています。
また、それぞれの患者さんにおける精度の高い予後の予測と薬物療法の効果予測を目指した多遺伝子アッセイの開発もすすんでおり、一部は臨床応用されています。
患者年齢、抗がん剤の種類や投与量によって卵巣機能不全になる可能性がある患者は、20%~100%である事を伝え、がんの予後や患者の意向も踏まえ、充分話し合い納得のいく治療の決定が望まれます。
《乳がん薬物療法の意思決定支援》
非浸潤がんは原則局所治療で治癒可能と考えられ、非浸潤がんにおいては化学療法やホルモン療法の治療に対するエビデンスが確立されています。
しかし、QOLの低下や妊よう性の低下、薬剤のコストの増加を考えると、治療の選択は難しいものとなります。
そのためには、予後の予測因子、治療効果予測因子、乳がんタイプの分類、遺伝子発現の解析を考慮して、自分にとってより適切な医療を選択できるような支援が医療者には求められているようです。
《がん・生殖医療における排卵誘発法》
排卵誘発とは、一度の採卵で治療効果をより向上させるために、主に卵胞刺激ホルモン(FSH)製剤をつかって、卵子が入っている卵胞を複数個発育させる、調節卵巣刺激(COH)の事をいいます。
さまざまな調節卵巣刺激法がありますが、年齢、卵巣予備能、合併症のリスク、基礎疾患の有無、経済的状況、就労状況などの要因を考慮して決められます。
乳がん患者に対する調節卵巣刺激を行う時の大きな問題点は、複数個の卵胞の発育による卵胞ホルモン(エストロゲン)の上昇です。
そのため、1~2週間の短期間のエストロゲンの上昇であっても、ホルモン受容体陽性の患者においては乳がんに悪影響を及ぼす可能性があります。
このような問題を解決する方法としてレトロゾールなどのアロマターゼ阻害薬を併用した調節卵巣刺激が注目されています。これにより、エストロゲンを低値に保った状態で複数個の卵子を採卵する事ができると報告されていますが、奇形発生率の問題などから現時点では臨床試験としての使用が望ましいと考えられています。
また不妊治療では、月経開始直後から卵巣刺激をしますが、がん患者は自身の月経周期に併せて受診できるわけではないので、乳がんの治療までの限られた時間での卵巣刺激になるため、状態のよい胚や卵子の凍結が出来ない場合があります。そのため、月経周期に関係なく卵巣刺激を開始するランダムスタート法が示され、外国においては一定の有効性が示されつつあります。
これまでは、1~2か月必要でしたが、卵巣刺激と採卵が2週間で可能になりました。
《胚、卵子、卵巣組織保存》
妊よう性温存の方法として、未受精卵凍結、受精卵凍結、卵巣組織凍結があります。
思春期前の女子のがん患者に対しては卵巣組織凍結が行われます。
2013年の米国臨床腫瘍学会のガイドラインでは、未受精卵と受精卵凍結は確立された治療法で、卵巣組織凍結は研究段階の治療とされていますが、その実施は年々増加しています。
不妊治療においては、凍結未受精卵は、新鮮卵と受精率、妊娠率に差を認めないとの結果が出てきているので、卵子の凍結技術はほぼ確立されたものと考えられるようです。
しかし、がん患者については、免疫機能、視床下部下垂体系への負担が考えられ、卵子の質の低下が心配されます。
未受精卵凍結、受精卵凍結については、同年代の不妊症患者に対する体外受精と同等の妊娠率が期待できます。
《胚移植に必要な生殖技術》
胚移植とは、受精卵を子宮内の適切な位置へ移植する生殖補助医療の一連の流れの中で最終段階のもので、妊娠率を左右する重要な技術です。
新鮮胚移植と凍結融解胚移植があり、近年では凍結融解胚移植での技術によって出生する子供が多くなってきました。
また、胚盤胞まで培養する技術により着床率があがり、一つの胚盤胞移植を行うことで多胎妊娠を防ぐことが出来るようになりました。複数の良好胚盤胞が得られたら凍結保存しますが、凍結技術の進歩と普及により良好な状態で低温保存できるようになりました。
また凍結融解胚移植は、着床能力を高めるために、胚の発育と子宮内膜の状態を同期させることが必要です。
これには、内因性ホルモンによって良好な状態になった子宮内膜に移植する方法と外因性に投与されたホルモン製剤(黄体ホルモン補充)によって良好な状態になった子宮内膜に移植する方法があります。
胚発育のための培養液の開発も妊娠率向上の大きな要因であり、胚移植の方法は子宮内にカテーテルを入れて行ないます。
《多遺伝子アッセイの開発と現状》
乳がんに関連する多くの遺伝子を解析する事で、再発のリスクや薬物治療の効果がどれくらいあるかなどを正確に判断することができるようになってきました。
がんの大きさ、悪性度、ホルモンHER2の状態、リンパ節転移の有無によって再発しやすいかどうかを判断し治療法を決めていた現状に、これを加える事で一人一人の患者さんのがんの特性にあった治療法が選択できるようになります。
保険適用にはまだなっていませんが、アメリカで開発されたoncotypeDX、オランダで開発されたMammaprint、日本で開発されたCurebest 95GC Breastがあります。
日本で開発されたCurebest 95GC Breastは、95種類の乳がん関連遺伝子がどれくらい作用しているか調べるもので、エストロゲン受容体陽性、リンパ節転移陰性で術前薬物治療を受けていない浸潤性乳がんの患者さんを対象に実施されています。